前世紀末葉の自民党を金丸信とともに牛耳った実力者・故竹下登総理の郷里は島根県山間部の僻村・掛合町であったが、斯地から東に直線で30kmほど離れたJR西日本の亀崇駅は松本清張の名作『砂の器』の舞台になった地だ。国電蒲田操車場内で遺体を発見された老齢の被害者が死亡する直前に都下場末のスナックで話し合っていた若い男は東北弁を放っていたと店の女給が警視庁の刑事に証言するが、警視庁捜査一課の今西栄太郎は国立国語研究所の学者から奥出雲方言の音韻が東北弁と極めて近しいと教えられた。
生前の竹下さんがマスコミの向けるマイクに向かって応えた辞の一例として、「政治は・・」の音韻についてNHK的東京標準語では"セージは"と発する処を、竹下の旦那は"セェージは"と発し、東京標準語の「え」に対する国際音声字母 ε でなくして、英米言語の「え」に対する国際音声字母 e の音で発していた。
清張の名作で目を剥くのは、奥出雲の古老が警視庁の刑事に対して乞食を意味する"ホイタ"の辞を使ったことだ。
実に現代に至っても東北地方で暮らしてきた古い世代ならば"ホイタ"の辞が乞食を意味することを即了する筈で、音韻のみならず語彙に関しても奥出雲方言と東北弁はよく似ている。
太安万侶の編纂した『古事記』に説かれる天孫族=出雲族とは日本史上初めて領域国家を形成した王朝=皇統譜第10代・崇神天皇より第14代・仲哀天皇に至る王朝を営んだ王族であって、それが皇統譜第15代・応神天皇に始まる河内王朝や現在の皇室に繋がる第26代・継体天皇以往の朝廷によって日本列島の東北地方へ逐いやられた遺民の後裔を史伝は「蝦夷」と記したのではないか。
アイヌは白人であるとの俗説や草創期の東京大学医学部に招聘されたドイツの内科医・ベルツ博士が秋田県の女子を診察してコーカソイド人種の形質であるとの所見を記録したのも、ユーラシア大陸の最涯となる弧状列島にヨーロッパに起源を持った人種で成る王族・貴族が日本史上初めて領域国家を形成した王朝の主体であったことを教えるものではないか。
斯く妄想染みた想念も、現代の日本列島に居住する人々らの遺伝子を観察する科学が近く現実的なものと考えさせる日が迫りつつある。