織田信長が今川義元を討った翌年、名刹・善光寺の門前町が展がる平野で越後の雄将と信濃全土の平定を確かにせんと図る甲斐の雄将が大軍を激突させた。
 善光寺平から川中島平に睨みを利かすべく、小振りながらも甲州流軍学の粋を結集させて築城された武田方の堅城=海津城を眼下に収める妻女山に陣を張った越後勢を甲州勢は夜討ちする行動に出た。
 然りながら、越後の虎は優に敵将の企図を見抜き、敵勢が自陣へ夜討ちをかける前に"鞭声粛々夜河を渡る"挙に出で、奇襲に因って妻女山を駆け下る越後勢が進む先と想定した八幡原に陣を張る武田信玄の旗本勢を払暁前に包囲していた。

 しかし、甲斐の龍が海津城を築いた長野市松代の温泉は田んぼの泥水を沸かしたような湯で、如何にも効能が有りそうな印象を与えますわなっ。